自転車で愛媛県を満喫するには、ロードバイクで走るだけでは物足りません。豊かな自然がつくるアドベンチャー性の高いオフロード環境は、シクロクロスバイクに代表される走破性の高いマシンで楽しむのがぴったり。県内各地でも多くの大会が開かれています。
もともとはロードレース選手の冬季トレーニングの一環として始まったともいわれるシクロクロス。愛媛県内子町では、2019年12月7日〜8日に、令和初となる第25回『全日本シクロクロス選手権大会』の開催が決定し、あらためて県内外から注目されています。
日本を代表して世界で戦った元プロロードレーサーであり、日本自転車競技連盟(以下、JCF)シクロクロス小委員会委員長も務める三船雅彦さんは、「ロードバイク乗りにも、シクロクロスはオススメ」と言います。その魅力をたっぷり教えていただきました。
──第1回『全日本シクロクロス選手権大会』が開始されたのは、1996年。20年以上経ったいま、日本国内でシクロクロスはどういった状況なのでしょうか。
三船:日本でシクロクロスが本格化してきたのは1990年代のこと。現在、日本各地で行われているさまざまな大会のカテゴリーやルールを、JCFが中心となって共通化しようという流れが進んでいます。
その流れのなかで2019年に、ぼくがシクロクロス小委員会の委員長に就任しました。いままで競技の世界でお世話になってきた、恩返しのつもりで頑張っています。2019年のシクロクロス日本代表チームの監督も、同じ気持ちでお引き受けしました。
──三船さんは2000年の第6回『全日本シクロクロス選手権大会』で優勝されています。その頃と比べると、シクロクロスを楽しむ人は増えてきているのでしょうか。
三船:そうですね。全体的にはとても増えていると思います。メインは30代から40代の男性ですが、以前に比べると女性も多くなりました。ただ、エントリー層といいますか、趣味として楽しんでいる方々が圧倒的に多いんですよ。
残念なことに、海外で戦える実力を持つ競技者は驚くほど少ない。ぼくは現役時代、ベルギーで開催された国際自転車競技連合(UCI)のシクロクロス大会でトップ15に入りましたが、いまだにその記録に並んだ日本人はいません。そう考えると、日本の競技者の実力は世界レベルに到達しているとは言い難いですね。
──三船さんがシクロクロスと出会ったのは?
三船:ベルギーを拠点にプロのロードレース選手として活動していた2000年前後の頃です。シクロクロスの大会にも出場していましたが、周囲には「シクロクロスは趣味以上、仕事以下」と言っていました(笑)。自転車に乗ることが好きなので、オンロード、オフロード、どちらもこだわらずに走ります。
じつは意外と飽きっぽい性格で、ずっとロードバイクばかり乗っていると、シクロクロスバイクで違うタイプの道を走りたくなってくるんですよ。
ベルギーでのプロ選手時代は春のシーズンをメインで走っていたので、どうしても6月から9月くらいが中だるみします。さらに秋のシーズンが終わった11月頃には完全に燃え尽きてしまう。
そこからはシクロクロスバイクの出番です。スピード感も違いますし、山や森を自転車で駆け抜けていく爽快感もある。それがいい気分転換になって、またロードレースで頑張ろうという気持ちになるんです。トレーニングにもなりますから、ロードバイクに乗っている方は、シクロクロスに挑戦するのも面白いと思いますよ。
──よく似た印象のロードバイクとシクロクロスバイクですが、その違いはどこにあるのでしょう。
三船:スタイルとしては非常に近いものがありますよね。細かな違いを挙げると、まず走破性を上げるために、ロードバイクよりもタイヤが太い。大会のレギュレーションでは最大33mmと決まっているので、いまはこのサイズが主流です。
また、シクロクロスではタイヤの空気圧を下げて、変形で接地面積を増やします。一般的にロードバイクのタイヤは6~8気圧ですが、シクロクロスバイクだと、ぼくはだいたい1.4~1.8気圧くらい。路面の状況を見ながら調整しています。
──えっ! そんなに差があるんですか?
三船:そう。だから、ロードバイクとは走行感覚が大きく異なるんですよ。シクロクロスの大会ではコースのなかに舗装路もありますから、海外勢はオンロードを低い空気圧のタイヤで走る練習もきっちりやっています。
──シクロクロスといえば、厳しい坂を上る際にマシンを降りて肩に担ぐ姿が印象的です。
三船:フレームの材質はロードバイクと同じで、振動の吸収率が高く、重量の軽いカーボンが主流ですね。でも、ギアはシクロクロスのほうが若干軽い。オフロードは路面の抵抗が大きいため、ロードバイクと同じギアだと思いっきり走ることができないんです。
それから、径の太いタイヤを取りつけるので、基本的にホイールのクリアランスは大きく取られています。これには泥を詰まりにくくする効果もあるんですよ。ハンドルはロードバイクと同じですが、ブレーキには制動力の高いディスクブレーキが採用されています。
──これからシクロクロスを始める場合、どのような点に気をつけてマシンを選ぶべきでしょう。
三船:言葉で説明するのは難しい部分もありますが、大前提として、自分の身体の大きさや体型に合っていること。それから、泥抜けがよさそうなもの。
完成車だったら20万円前後のミドルクラスにあたるモデルでしょうか。初心者だからといって、あまりにも価格の低いエントリーモデルを選んでしまうと、車体の重いものが多いんですよ。
シクロクロスバイクは軽すぎても重すぎてもいけません。どちらも初心者にはコントロールが難しいので、専門店で相談しながら選んでみるといいでしょう。最初は完成車からスタートして、少しずつ楽しみながらレベルアップしていくことをおすすめします。
──シクロクロスの練習方法について、注意すべき点があれば教えてください。
三船:そうですね。最初は一人で走らないようにしてほしいと思います。オフロードを勢いだけできちんと走ることは非常に難しい。走り方やテクニックは、自己流ではなかなか身につかないんです。
たとえば、ロードバイクで走る舗装路は初心者でも普通に曲がることができますが、凹凸が激しいオフロードは、道によって曲がり方も違ってきます。そのあたりの感覚は経験者に教わらないとわからないでしょう。
──シクロクロスでオフロードを走るうえでは、やはり体力や筋力に代表されるパワーが重要になってきますか?
三船:もちろん、パワーは必要ですが、それだけで走りきれるものではありません。路面を読む判断力や悪路を越えていく技術がなければ、せっかくのパワーが生かされません。
競技の面でいえば、ロードバイクで速く走れるからといって、シクロクロスでも速いとは限らない。走力を推進力に変えられないと、大会では勝てないんですよ。さまざまなシチュエーションを走ることで、その技術を自分のものにしていってほしいですね。
──しっかり経験者に教えてもらいながら、走力を推進力に変えられるようにしていく必要があるんですね。
三船:そう。シクロクロスは自然のフィールドで練習するわけですから、怪我をするリスクはどうしても避けられません。その意味でも、できるだけ経験者の率いるグループで走るほうがいい。
また、大会はどんなコースになるかわかりませんから、練習では応用力を養うことが大切です。同じコースばかり走っていると、そのうちにパターンが見えてきてつまらなくなってしまう。だからぼくは走り慣れたルートでも、わざと逆方向から攻めてみたりします(笑)。まったく違う印象に変わるから面白いですよ。
いろいろなコンディションの道を走り比べてみてもいい経験になるでしょう。自分の得意・不得意がわかりますし、不得意も少しずつ克服できるはずです。
──自分のホームグラウンドを見つける楽しさもありそうですね。
三船:ただ、自転車の乗り入れが禁止されている場所も多いため、よく調べてから練習を始めるようにしてください。
ある程度の空間が取れるようであれば、ショートサーキットをつくるのはいい方法です。また、6人くらいのグループだったら、順番に2人1組などで走るようにすれば、インターバルを取りながら続けてトレーニングもできます。
大会に出場を考えている場合は、担ぎやピット作業を想定したルートを組むなど、実践を意識した練習を重ねていってほしいですね。
──三船さんが考えるシクロクロスの魅力とは、どのようなものですか?
三船:自転車に乗る楽しさって、心に決めた目標を達成するために、自分自身と対話していくことだと思うんですね。単純に速さを競うだけではない。
シクロクロスは競技色が強い面もありますが、普段の走りには「あの苦しい峠を越えてみよう」「あの階段の先は何があるんだろう」など、もっとピュアな喜びがあります。
子どもって、そういうアドベンチャーが好きじゃないですか。ぼくなんかは子どもの頃からママチャリで山道を駆け回ったりしていたわけです。4人がかりで1台ずつ担いで、強引に坂を引き上げたりしてね(笑)。シクロクロスの楽しさは、そういった子どもの頃の冒険心の延長線上にあるものだと思っています。
──2019年の12月には、いよいよ令和初となる第25回『全日本シクロクロス選手権大会』が、内子町で開催されます。
三船:愛媛県から全面的なバックアップをいただいたおかげで、オンロードとオフロードの両方を含む面白いコースを設定することができました。
基本的には小田川の河川敷を活用するんですが、スタート地点は五十崎自治センター、ゴール地点は内子町役場なんですよ。これだけ長い距離の公道をシクロクロスのコースに含めるのは、日本で初めての試みだと思います。
三船:シクロクロスの大会コースは、そこにあるものをどれだけ使えるかが醍醐味。土手の石段を何か所も組み込んだり、地元で愛される大きな一本榎を折り返し地点にしたり、いろいろ工夫しました。かなりバラエティーに富んだコースになったんじゃないでしょうか。
──参加者はもちろん、観戦に訪れる人たちにとってもダイナミックな戦いが見られそうですね。
三船:そうですね。ロードレースと比べると、シクロクロスの大会はコースの面積が広くないため、観戦や応援もしやすいんですよ。
今回は特に「ここで勝ったヤツが掛け値なしに日本一」と言い切れる大会にしたいと思っています。いろいろな要素を取り入れて複合的なコースにしたのも、本当に実力がなければ勝てないものに仕上げるため。そうでなければ、日本一を決める大会と名乗ることはできませんから。
ぜひ多くの方に見に来てほしいですね。ぼく自身も見応えのあるレースが展開されることを期待しています。
1969年京都府出身。京都花園高校入学と同時に自転車競技を開始。高校卒業と同時に渡欧し、1993年までオランダで活動。1994年にプロとして登録後は2002年までベルギーを拠点に活躍。プロ・アマ通算で1,500レース以上を経験、入賞回数は約200レース。シクロクロスでもベルギーで開催された国際自転車競技連合(UCI)の大会で日本人初のトップ15、第6回全日本シクロクロス選手権大会優勝などの実績を持つ。2003年からは国内に拠点を移し、名門ミヤタ・スバルで主要レースを中心に転戦。2007年にマトリックス・パワータグ・コラテックへ移籍、キャプテンとしてチームを牽引。2008年のプロ引退後は長距離ライドのブルベに精力的に参加。2015年には走行距離1,200kmの『パリ~ブレスト~パリ』を日本人として初めて先頭グループでゴール(43時間23分)。サイクルロードレースのゲスト解説者のほか、全国各地でロードバイクやシクロクロスのライドスクールを開校するなど、後進の指導にもあたっている。株式会社マッサエンタープライズ代表、日本自転車競技連盟(JCF)シクロクロス小委員会委員長、シクロクロス日本代表チーム監督(2019年)。
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